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地域包括ケアシステム〜問われる主体と連携

2015年7月20日

ライフサポート協会 常務理事 村田 進

1.「地域包括ケアシステム」についての議論の流れ

 このところ、地域包括ケアシステム(注)に関わる論議が盛んです。

 「地域包括ケアシステム」という言葉が最初に厚生労働省関係の公的資料に出たのは、2003年6月で、老健局長の私的研究会であった高齢者介護研究会(堀田力座長)の報告書「2015年の高齢者介護〜高齢者の尊厳を支えるケアの確立に向けて」でした。

 この報告書は、団塊の世代が高齢者になる2015年の介護ニーズの増大と、深刻さを増す認知症高齢者の実態への対応策の一つとして「地域包括ケアシステムの確立」を掲げました。

 「要介護高齢者の生活をできる限り継続して支えるためには、個々の高齢者の状況やその変化に応じて、介護サービスを中核に、医療サービスをはじめとする様々な支援が継続的かつ包括的に提供される仕組みが必要である」とし、その「地域包括ケアが有効に機能するためには、各種のサービスや住民が連携してケアを提供するよう、関係者の連絡調整を行い、サービスのコーディネートを行う、在宅介護支援センター等の機関が必要となる」と提言しています。

 この提言は、2005年の介護保険法改正で「予防サービスの重視」、「地域密着サービスの創設」、「地域包括支援センターの設置」として実現し、その後、全国の自治体で地域包括支援センターの開設と地域包括ケアに向けた様々な実践が積み重ねられていきます。

 2010年3月には老人保健健康増進等事業による地域包括ケア研究会(田中滋座長)が報告書を発表しますが、そこでは団塊の世代が75歳以上となり、高齢化がピークとなる2025年に焦点を絞って「地域包括ケアシステム」の定義(注)とその構築の必要性を訴えています。

 その後、2011年の介護保険法改正では、高齢者が可能な限り住み慣れた地域で日常生活を営むことができるように、自治体は「諸施策を有機的な連携を図りつつ包括的に推進するように努めなければならない」(第5条3項)と地域包括ケアシステムの推進が自治体の課題となりました。

 更に、地域包括ケア研究会は、2015年度からの自治体による介護保険計画策定をにらんで、「地域包括ケアシステム構築における今後の検討のための論点」(2013年3月)を発表します。それは地域包括ケアシステムを「住まい」「生活支援」「介護」「医療」「予防」の「5つの構成要素」の相互関係性において捉えたうえで、さらに「自助」「互助」「共助」「公助」という4つの視点で整理し、システム構築の課題を提起しました。

 この報告を受けた2014年の介護保険法改正の中で、これまでの「地域における公的介護施設等の計画的整備促進に関する法律」を改正した「地域における医療及び介護の総合的な確保促進に関する法律」において、「地域包括ケアシステムを構築することを通じ、地域における医療及び介護の総合的な確保」(第1条)することを目的と定め、はじめて「地域包括ケアシステム」が法律に明記されるとともに、その構築が自治体の義務となりました。

2.「地域包括ケアシステム」の二つの背景

 地域包括ケアシステムに関する議論が急激に進んだ背景の一つは、社会保障費の増大と国・自治体の財政難にあります。2015年度末に国の公債残高が800兆円を超える状況の中、団塊の世代が後期高齢者に突入する2025年には医療・介護・年金等の社会保障関係費が148.9兆円(国民総生産の4分の1)に達すると予想され、この解決の為には増税等の国民負担を増やす道と、社会保障制度の効率化しかないという厳しい現状があります。この効率化が、地域密着サービスなどの制度改革や予防給付の介護保険外化を進める動きとなっているのです。医療や介護の個別のサービス提供から、互いに連携したサービスや地域住民のボランティア活動によってコストを下げようというものです。

 二つ目の背景は、深刻化・複雑化する地域の福祉課題に対応する上で必要な地域連携の高まりです。

 グローバリゼーションの下での雇用の不安定化と格差の拡大によって、困難を抱えた人々が孤立した結果、虐待や孤独死につながる事例が地域で大きな問題となってきました。とりわけ、ニートや引きこもりの若者や貧困家庭の子どもたちへの支援など、これまでの高齢者や障がい者支援という個別制度ではとても対応できない複雑な事例に対して、地域を基盤に支援者側の連携や地域住民の協力が不可欠な事態となっています。

3.「地域包括ケアシステム」論議でのいくつかの懸念

新たなビジネスチャンスやサービスの効率化論議が先行

 地域包括ケアの目玉でもある地域密着サービスは、事業者指定において中学校下のエリアごとで選定するため、先に参入した事業者による地域独占が生まれかねない面がありました。そこで、「新たなビジネスチャンス!」と小規模多機能やグループホームに新規参入する株式会社等が続出しました。その後、「住まい」の問題への着目から、有料老人ホームやサービス付き高齢者住宅への民間参入が続いています。地域包括ケアシステムの議論でも医療・介護の専門機関や事業者の連携の視点ばかりが注目され、肝心の本人の地域生活から見た支援のあり方についての議論が遅れている現状があります。

生活支援サービスの自治体・住民への丸投げ

 地域で住み続けることを支援する上で重要な意味を持っているのは「生活支援サービス」の充実です。医療・介護・保健等の制度サービスでは、本人の地域での暮らしをカバーできません。買い物・掃除・洗濯等の家事サービスはもちろん、趣味や外出、友だちづきあい、法事や墓参り、神社の夏祭りなど、その人の人生を彩る瞬間を支えるサービスが必要です。地域包括ケアシステム研究会の報告書でもその重要性は語られており、地域住民を中心に様々なインフォーマルな「互助」活動を広げていくことや、自治体の老人福祉サービスの拡充を求めています。しかし、今回の介護保険法改正に伴い創設された「介護予防・日常生活支援総合事業」は、自治体に具体的な内容を委ねる一方で、そのための予算は毎年確実に削減されることになっています。地方自治体としては、予算の限界を口実に生活支援を住民ボランティアに丸投げしかねない事態が起きつつあります。

4.「地域包括ケアシステム」で大切なこと

本人の選択をもとにしたオーダーメイドな支援

地域包括ケアのイメージ

地域包括ケアのイメージ

 右の絵は地域包括ケア研究会で示された地域包括ケアシステムの姿です。医療・介護・保健などの専門サービスをしっかり支える生活支援サービスがあり、それを受ける住まいと、一番下に「本人・家族の選択」が描かれています。

 地域でのその人らしい暮らしの継続をめざす「地域包括ケアシステム」であるが故に、この「本人の意思と選択」を支えることから始めることがなにより重要です。様々な専門機関や事業者による連携も、本人の生活を中心に組み立てられることが必要で、生活に関わるあらゆる人々を巻き込んだ「オーダーメイトなネットワーク」こそ目指さねばならない目標です。

住民主体の支援を育む

 地域包括ケアシステムに何より必要なのは、本人の地域生活をしっかり支える生活支援サービスです。現在、圧倒的に不足しているこのサービスの中核を担うのは、やはり地域住民であることは間違いありません。しかし、行政が一方的に「本来、住民同士で助け合うのは当然」であるかのように地域に責任を押し付けても、地域に「互助」を担う人材は不足しており、地域の役員からの無用の拒否反応を引き起こすだけです。

 ここはなにより地域の中に幅広い支援者を掘り起こす取り組みを急ぐ必要があります。「他人を支援する」といえば、大層なことに感じるのが普通で、自分が関われるわずかなことが人を支援していることになると知った時から、次の一歩が出てくるというような、ハードルの低い関わりの機会を多くするところから始めていくことが大事ではないでしょうか。

 団塊の世代は既に高齢者として大量に地域に存在していますが、いまだ、仕事と趣味に多くの時間を費やしています。「何か自分でできることはないか?」という気持ちはきっと持っている彼らに、日本の高度経済成長を担ってきた優秀な能力を地域で発揮してもらえるための仕掛けづくりに、行政もしっかり応援する必要があります。

 もちろん、私たち福祉専門職にとって、地域の福祉人材の発掘は必要不可欠の課題です。私たちの福祉実践では、本人の支援の輪の中に本人に関わる多種多様な住民を巻き込むことが課題となっています。そして、彼らの関わりが本人の生活をどのように支えているのかを伝える中で、人を支援する意味と喜びを感じてもらえるよう、彼らに対する働きかけていくことが必要です。

 地域の支え合い活動に取り組んでいく人材は、具体的な本人への個別支援に関わったの経験の積み重ねの中で育まれていくのではないかと思います。

(注)地域包括ケアシステムの定義
「地域包括ケアシステムとは、ニーズに応じた住宅が提供されることを基本とした上で、生活上の安全・安心・健康を確保するために、医療や介護のみならず、福祉サービスを含めた様々な生活支援サービスが日常生活の場(日常生活圏域)で適切に提供できるような地域での体制」、「地域包括ケア圏域については、おおむね30 分以内に駆けつけられる圏域で、具体的には、中学校区を基本とする」