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コラム「夢を抱いて」

自治のまち大阪らしい改革を競う

2022年7月

ライフサポート協会 理事長 村田 進

 今年6月、東京の杉並区長選挙で、岸本聡子さんがわずか187票差で4選を目指す現職候補を破り当選しました。彼女は、オランダ・アムステルダムの国際政策シンクタンクNGO「トランスナショナル研究所」の研究員として、環境と地域と人を守る公共政策のリサーチと社会運動の支援に取り組んでいました。この4月に帰国後、わずか2か月の選挙運動による勝利でしたが、彼女を当選させたのは、女性を中心とする多くの市民活動グループ「住民思いの杉並区長をつくる会」でした。

 杉並区といえば、1954年の第五福竜丸被爆事件にいち早く市民が抗議に立ち上がり、水爆禁止を世界に訴える「杉並アピール」を掲げて水爆禁止署名運動を展開したことで有名です。現在でも、市民活動を重視する杉並区のホームページに掲載されているNPO法人は317法人にのぼっています。

 岸本さんが活動していたヨーロッパを中心に、「ミュニシパリズム(Municipalism)」という考え方に基づく市民活動が広がってきています。自治体を意味する「ミュニシパリティ(Municipality)」からきた言葉で、「地方自治主義」ともいわれますが、新自由主義(市場化の推進)による行き過ぎた行政の民営化や規制廃止に対抗して、市民の参加・協働による自治体の民主化をめざすものです。

 具体的には、民営化された水道の再公営化、観光ビジネスの民泊規制と公営住宅化、地元生産者組合の物やサービスを積極的に購入する公共調達など、世界で民営化された地方行政サービスの再公営化は1400を超すに至っています。同時に、様々な市民が自主的に参加し、市民の立場に立った効率的な施策を提案する「市民コレクティブ」(市民会議)の結成と自治体との協働の動きが自治体民主化の仕組みとして広がっています。

 岸本さんは、これらの取り組みが「地域資産を生み出す地元の力を育てる」「質の高いサービスのための公共投資を増やす」「コストパフォーマンスの向上と自治体財政の改善」を目指すものとして高く評価し、さらに推進していく必要を訴えています。

  • ※おおさかコモンズ学習会「自治から広げる未来」レポート 7/18開催 | おおさかコモンズ (osakacommons.com)

 日本でも、財政赤字に苦しむ自治体が行政施策の一部を民営化や外部委託で改善しようとしてきました。しかし、この間の単純な行政の民営化・外部委託は、結局コストがかかり非効率的で、何より市民の権利を守れない事態を招いていることがわかってきました。

 社会福祉事業の民営化は2000年の介護保険事業を先頭に、障害福祉、児童福祉事業へと拡大されていきました。しかし、コムスン事件のような不正請求や虐待事件が後を絶たず、障がい児を支援する放課後等デイサービスのように事業目的とは明らかに違った内容の事業所が雨後の竹の子のように次々と認可され、逆に激増した事業量を抑え込むために行政が事業単価を下げ、まともな事業者の運営を圧迫するという本末転倒の事態を生んでいます。公園や図書館の民間委託では、収益性と効率性が優先されて利用制限や蔵書制限が起こっている場合もあります。役所窓口業務の民間委託では、スタッフの対応と待ち時間が改善された点はいいのですが、そもそも相談で見えてくる市民の困りごとを分析できるデーターの蓄積ができません。生活困窮者支援やまちづくり支援などの相談援助業務は低価格で外注され、それに従事するスタッフは臨時職員でしか確保できず、事業の継続性とは程遠い状態です。また、就労相談では、本人への就労準備支援や採用企業へのサポート等をせずに単純に職業紹介につなぐだけで、相談件数を上げるだけを実績とする民間事業者が目立ちます。

 市民サービスをすべて公務員に任せた結果、財政コストがかかるだけでなく、「お役所仕事」といわれるようにサービスの質に問題が出ていました。しかし、単純な民間委託ではコストが安くなったものの、業者は利益を上げるためにスタッフの人件費を抑えたり、必要以上の業務をやらずに効率性を上げることを重視し、結果として市民サービスの質は下がりました。結局、「行政」や「民間事業者」が問題なのではなく、かれらに「おまかせ」して、市民自身の声が届かない中で事業が進められていくことが問題なのです。

 市民サービスの本当のニーズを知っているのは、それを受け取る住民当事者です。当事者の声を第一に、サービスの在り方が検討され、市民もかかわって事業がすすめられ、評価される仕組みによって本当に効率的・持続的な行政サービスが実現するのではないでしょうか。

 来年は春に統一自治体選挙があり、大阪市長、大阪府知事の選挙も予定されています。この間、二度の「大阪都構想」をめぐる住民投票が行われ、大阪市民の声は大きく2つに分かれてきました。しかし、大阪で進められてきた改革議論には「ニア・イズベター」や「総合区」など、市民が参画して行政改革に取り組める可能性を持つ提案もあったはずです。いたずらに政党間の争いを繰り返すのではなく、「市民の声と力が発揮できる」大阪らしい改革のあり方を競う選挙戦となることを期待します。