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コラム「夢を抱いて」

社会福祉の展望を切り開くために

2022年3月

ライフサポート協会 理事長 村田 進

 2017年3月に大阪市立大学の岩間教授が急逝されてから5年が過ぎました。

 岩間さんは、基礎理論としての「ジェネラリスト・ソーシャルワーク」を日本に紹介し、実践理論としての「地域を基盤としたソーシャルワーク」を展開して、日本のソーシャルワーク理論の発展に大きな功績を残しました。「本人主体」というソーシャルワークの中核的価値に依拠し、個人と個人を支える地域を一体的に支援するという日本のソーシャルワーク実践の方向を提起され、生活困窮者自立支援制度の創設やその後の自治体での実践に注力されている中での急逝は、本当に惜しまれます。

 岩間さんの残した原稿は、野村恭代准教授(大阪市立大学)によって取りまとめられ、2019年に「地域を基盤としたソーシャルワーク」(中央法規)として出版されています。

『地域を基盤としたソーシャルワーク〜住民主体の総合相談の展開』(岩間伸之・野村恭代・山田英孝・切通堅太郎著、中央法規)

 岩間さんが亡くなられてからの5年間で、日本の社会福祉制度は大きく変わっています。2017年5月と2020年6月の二度にわたって社会福祉法等が改正されました。2017年には「我が事・丸ごと」の地域作り・包括的な支援体制の整備がめざされ、2020年は「地域共生社会」に向けた包括的支援と多様な参加・協働の推進が掲げられました。そして、自治体が「相談支援」、「参加支援」、「地域づくり」を一体的に取り組む「重層的支援体制整備事業」が創設されています。

 つまり、社会目標としての「地域共生社会の実現」、そのための仕組みとして住民・専門職等地域の関係者が連携する「地域包括ケアシステム」、それを自治体が総合的に支援する「重層的支援事業」が整備され、「地域福祉の推進」が具体的な姿となってきています。

 そもそも、社会福祉法につながる社会福祉基礎構造改革は、新自由主義に基づく自己責任論と市場化主義を背景に進められてきたという側面がありました。その結果、福祉事業のサービス化と民間事業者への門戸開放が進み、行政は「当事者本人と事業者の契約行為」を盾に民間事業者に丸投げし、公的責任の放棄が進んできたのは事実です。結果として、福祉現場で事業利益優先や不正行為が横行し、当事者の声が政策に反映される機会が奪われる事態が続きました。

 一方、本人主体の原則から「福祉は権利」として契約をとらえ、住民主体で支えあう「地域福祉」をめざす、本来の福祉実践のあり方に立ち戻ろうとする専門職の苦闘が展開されていました。岩間さんは、その福祉実践に理論的根拠と展開すべき実践の概念を明確にされる努力をされていました。

 先に紹介した「地域を基盤としたソーシャルワーク」の中で、岩間さんは今日の社会福祉実践の変化の意義を理論的に明らかにしています。

「わが国のソーシャルワーク実践は大きな転換期を迎えている。それは、分野別、対象者別の実践から脱却し、多様な担い手の参画を得ながら一定の地域(エリア)を基盤とした実践への転換である。…その特質は、個を地域で支える援助と個を支える地域を作る援助という2つのアプローチを一体的に推進する点にある」1

 その上で、「地域を基盤としたソーシャルワーク」を、基礎理論であるジェネラリスト・ソーシャルワークの特質から解き明かします。

 「点と面の融合」や「システム思考とエコシステム」の特質を上げ、人と環境をシステムとして一体的にとらえ、ニーズ(課題)を本人と環境との不調和から生ずるものとみなし、不全関係にある2つのシステムの間に介入し、両者の相互作用を促すというソーシャルワークの媒介機能を重視しています。また、「本人主体」の特質では、本人を課題解決への取り組みの主体としてとらえ、本人の内発的力の喚起・向上に向けたエンパワメントやストレングスが強調されています。

  そして何よりも、岩間さんはソーシャルワーク実践の根拠としての「価値」の重要性を指摘しています。

「時代の要請に応えることのできるソーシャルワーク機能を模索し続け、また高度に専門分化しながら発達してきたソーシャルワークは、激動する社会構造の変化にともなって、改めて『人を援助すること』の本質に目を向けるべき時が到来している」2

として、「存在の尊重」、「主体性の喚起」、「支え合いの促進」という3つの「ソーシャルワークの根源的価値」を明らかにしています。

「人間としての存在そのものを尊重すること…2人として同じ人はいないこと、そして命には限りがあることが、『存在の尊重』という根拠をもたらすことになる」3

「課題を抱えているのはあくまで本人であり、本人以外の誰もその課題を解決できない。だからこそ、当事者本人の気づきをうながし、自分の現実の課題を正面から受けとめ、そこから課題解決の主体者として歩んでいけるように援助関係を基軸としてささえていく。これがソーシャルワークの本質といえる。」4

「『社会関係』に焦点を当てたソーシャルワークの根源は、相互援助という支え合いの促進である。…個人と社会が不健康な依存関係をとるのではなく、双方がともに成長していくための相互依存関係を構築しいていくことになる。」5

「個人の『存在』の尊重は、地域住民の『主体性』につながる。個人の課題と同じく、地域の課題はその地域住民にしか解決できないという共通原理に基づいている。地域住民が『お互いの存在を必要とする』ように働きかけることは、まさに地域を相互援助システムとして形成していくための原理である」6

 全ての人が価値ある存在として尊重され、地域の住民が互いに「かけがえのない存在」と感じられる「地域共生社会」の実現は、混迷する日本社会に展望を開くことにつながります。

 改めてソーシャルワークの根源にある「価値」に立ち戻り、個人を出発点に住民自治の促進を通じて社会のあり様に迫る社会福祉専門職の実践が求められています。

  • 「地域を基盤としたソーシャルワーク」(中央法規)より引用
    1…14頁 2…146頁 3…166,167頁 4,5…168頁 6…169頁