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コラム「夢を抱いて」

地域に共感の輪を広げるために

2018年7月28日

ライフサポート協会 理事長 村田 進

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 2年前の7月、神奈川県相模原市の障害者施設で入所者19人が殺害され、職員含む27人が重軽傷を負った事件が起こりました。犯人の元職員は、「障害者は不幸しか作れない。いない方がいい」などといい、社会の平和のために犯行に及んだとしています。つい先日も、自民党の国会議員が月刊誌に、LGBTの人に対して子どもを作らないから『生産性』が低いとし、支援に税金を使うことに反対する投稿をしました。

  彼らの自身の価値判断によって「役に立つ人」とそうでない人を選別し、攻撃してよいとする考え方は、自己中心的で、弱肉強食につながる危険なものといえます。

 社会にある差別意識がナチスのユダヤ人大量虐殺をはじめとした第二次世界大戦の悲劇を生んだことを反省し、戦後世界は世界人権宣言をはじめとした人権条約で各国社会の人権保障を求めてきました。

 日本の福祉政策においても、戦後の措置制度を2000年の社会福祉法改正で「福祉は人権」の観点に立った改革を行い、本人の尊厳を第一に、選択権の保障、自立した日常生活を支援するサービスの充実を掲げました。そして、今年の社会福祉法改正では「地域共生社会の実現」という崇高な目標を打ち出しています。

  しかしながら、冒頭の犯人や議員が主張した「能力中心の選別意識」は、いまだ社会の中に根強く存在していることは否定できません。「地域共生社会」をめざすために、社会に連帯の意識をどのように広げていけばいいのか考えてみたいと思います。

 政府の示した「地域共生社会の実現」は、残念ながら社会保障費の増大を見越して、「地域住民の支え合いこそが、本来もっと大きな役割を果たすべきだ」という、住民に対する責任転嫁、上から「人の道」の押し付けのように感じます。

 福祉支援に関わる住民の中には、支援を必要としている人に対する誤った理解をもったまま、「可哀そうな人だから助けてあげる」という人も多く見られます。この意識の人が支援する場合、支援を受ける本人が自分の指示に沿わなかったり、拒否されたりすると、途端に「せっかくやってあげてるのに!わがままな事を云う」と、本人を批判したり支援を止めてしまう事があります。

 だれでも困っている時に、突然あれやこれやと言われても判断できない状況になるのは当たり前です。本人の心身の状態を見極めて、本人が理解でき、受け入れやすい状況で支援することが大切です。(例えて、大災害時の支援行動で、最近定着してきた「現地のニーズを第一に支援する」という考え方がいい見本です。)

 社会生活ではだれもが様々なストレスを抱えながら暮らしています。

 病気や障害、老化などによる心身のストレス。子育てや介護でのストレス。仕事や進路についてのストレスなど、生きていくのにストレスはつきものです。これまで、ストレスを解消するために医療・介護・福祉・相談などの制度や事業が拡充されてきました。また、ストレスで社会生活に支障が出ないよう、バリアフリー化や社会参加支援の取り組みも広がってきました。

  しかし、社会関係から排除されるストレスへの取り組みが一番大きな課題として残っています。社会の中の偏見によって少数者を排除することで、もともとストレスにさらされている少数者に更にストレスをかけ孤立状態に追い込んでいきます。その結果、絶望的になった本人が自殺や犯罪などの反社会的行為、さらにはより弱い者への虐待に及ぶ等の悲劇を引き起こす場合もあります。

  「自分のことは何でも自分でして当たり前」、「家庭で介護や子育ての責任をもつのが当たり前」、「女性の幸せは家庭を持ち子どもを産むこと」、「会社員なら残業や単身赴任は当たり前」等など、様々な「当たり前」という偏見が、「当たり前でない人々」を傷つけています。しかも、その偏見にとらわれている人自身もいつ自分が「当たり前の世界」から転落するかもしれないストレスを抱えて、自分の人生をも窮屈なものにしてしまっています。結局、社会関係からの排除によるストレスを解消するには、排除に関わる地域住民自身の意識改革を抜きにしてはありえません。

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 もう少し身近な例で、車いす利用の障害者の買い物ストレスを考えてみましょう。スーパーへ買い物に行った際、車いすに乗った本人は商品棚の上段の品物を取って見ることができません。ガイドヘルパーの同行や商品棚の平台化にも限界があります。しかし、このストレスを簡単に解消する方法があります。それは、本人が「いちばん上のあの商品を見たいんですが…」と店員や他の買い物客に気軽に声をかけて、その人が「ああ、これですか?」と気さくに商品を取って買い物に協力してくれることです。行政やスーパーにコストをかけることなく、本人や状況に合わせて臨機応変に対応できるストレス解消策です。

 腰の曲がったお年寄りにとっても商品棚の上の方は「遠い世界」で、清算した重いレジ袋を自分の手押しカートに乗せ替えるのもひと苦労です。今晩のおかずを何にしようか、眼の前の野菜や魚をどうすれば安くあがるかと悩んでいる買い物客にとっても、スーパーの中が気軽に声をかけ、助けあえる場になればどんなにいいでしょう。

 支え合う地域づくりに向けて、これまでも住民の意識変革への取り組みがなされてきました。住民への啓発活動として、地域での福祉学習会や体験交流会、学校での福祉教育などで正しい知識を学ぶための取り組みが進められています。また、地域での様々なボランティア活動を通じて、実際に困難を抱えている人と出会い、関わりを持つ機会を作る取り組みも広がってきました。

 今後これらの取り組みをより効果的なものにするためには、二つのことが大事になってくると思います。第一に、困難を抱える本人が、どこで悩み、どのような願いを持っているのかをしっかり知ることです。特別大層なことではなく、地域で暮らしていく上で必要な具体的課題です。そして、自分が本人と同じ状況に置かれたとしたらどうなのかを考えてみることです。

 第二には、支援する側にある自分が抱えているストレスや悩みごとについて、学習会や活動の場で互いに出していけるようにすることです。地域の暮らしは支援する人と支援される人が固定しているわけではありません。ある時は支える側にあっても、時には誰かから支えられる立場になっているものです。地域での学習や活動を通じて、様々な悩みを話し合い、協力して取り組んでいくことによって、地域住民の中に「お互いさま」の共感が生まれていきます。

 日々の福祉事業や地域支援の活動を通じて、地域の中にこのような共感の輪がひろがるように住民と一緒に取り組むことこそが、私たち社会福祉従事者に課せられた最大の任務ではないかと思います。